今回はブログへの初投稿記事です。
コロナ明け後の2024年11月、都心の観光地ほどは密集がなく都心からもほど近い栃木県足利市へ、日帰りで街ブラの旅に出ました。今回は森高千里さんの歌った「渡良瀬橋」の聖地めぐりについて報告し、次回は足利市に数多くある史跡など紹介します。さらにその次の回で、地元で評判のグルメスポットを紹介したいと思います。
1 足利の見どころ~森高さん「渡良瀬橋」の聖地
足利市は室町幕府を開いた足利尊氏の祖先・足利氏ゆかりの地とされ、史跡足利学校跡やあしかがフラワーパークなどで知られる街です(どちらも今回は行っていません)。が、私には、森高千里さんの歌った「渡良瀬橋」のある街というイメージがあります。そこで今回は渡良瀬橋の歌碑、八雲神社、床屋の角の公衆電話などの「聖地」についての報告です。


2 足利への交通経路
東京都心から足利へのルートは、①JRで上野から新幹線または宇都宮線を利用して小山駅で両毛線に乗り換え足利市中心部のJR両毛線足利駅へ、②北千住から東武線の特急または急行と各駅停車を乗り継いで足利市駅へ、の二つがあります。①のJR東日本休日おでかけパスは2,720円、②の東武線は運賃が920円、特急料金は1,050円で、片道は計1,970円、往復は3,940円になります。
今回は平日なので②のルートで、特急、急行は使わず東武スカイツリーライン~東武伊勢崎線経由、春日部・久喜・館林で乗り継ぎ、のんびり電車旅を楽しみました。特急より30分ほど時間はかかりますが、往復1,840円と安あがりでした。
3 訪問した「渡良瀬橋」の聖地
⓪中橋(なかばし)~渡良瀬橋と勘違い
東武伊勢崎線北千住駅から約1時間50分、足利市駅で降りると駅のすぐ北側に渡良瀬川に架かる「中橋」があります。初めて足利を訪れた方は、中橋を「渡良瀬橋」と勘違いすることが多いと聞きましたので、紹介させていただきました。森高さんの聖地ではありませんが、私は隅田川の厩橋と同じ3連アーチのシルエットが美しい、この中橋がとても好きです。



今回駅を降りると、その中橋は架け替え工事中でした。本年(2024年)10月から2028年春までの約3年半の間、人や自転車の通行は可能なものの、車両は通行止めということでした。渡良瀬川に架かる多くの橋は、橋下の高さ不足、老朽化などもあり、大雨の際に氾濫の危険があるため、堤防の嵩上げや橋梁の改築を進めているそうです。(詳しくは、国土交通省渡良瀬川河川工事事務所HP参照)渡良瀬川河川事務所 | 国土交通省 関東地方整備局
①渡良瀬橋の歌碑
橋の架け替え工事の影響で、中橋を渡った先の渡良瀬川左岸の側道も車両通行止めでした。今回の街ブラの目的の一つに、渡良瀬橋橋詰のほど近くに設置されていた森高千里「渡良瀬橋」の歌碑があります。工事のあおりで渡良瀬橋と渡良瀬川の川原を一望できない場所に移設されていたら、森高千里「渡良瀬橋」の世界観からかけ離れてしまう気がする、などと考えながら車両通行止めの道路を渡良瀬川上流の渡良瀬橋方面へ。幸い歌碑は健在、渡良瀬橋から約100mほど下流の渡良瀬川北側の道路の歩道上にありました。歌碑左のボタンを押すと「〽渡良瀬橋で見る夕日を あなたはとても好きだったわ~」と森高千里さんの歌声が流れてきました。めでたし、めでたし。



〈渡良瀬橋歌碑〉
栃木県足利市通3丁目、児童公園地先
頓挫した渡良瀬橋歌碑の移転計画
不覚にも私は全く知らなかったのですが、2023年に渡良瀬橋付近の渡良瀬川左岸にある緑地にPFI制度を活用して「わたらせリバープラザ」という商業施設や駐車場などを整備し、渡良瀬橋の歌碑をプラザ内へ移転する計画があったそうです。移転は見送られましたが、ネットを検索してもその理由が書かれた記事は、見つかりませんでした。歌碑のボタンを押すと流れる「〽あなたが好きだと言ったこの街並みが今日もくれてゆきます」という歌詞を聞きながら渡良瀬橋の向こうに沈む夕日を眺める、これがベストと思います。
②八雲神社(やぐもじんじゃ)
渡良瀬橋の歌碑が健在なことを確認できたので、今回は渡良瀬橋は眺めるだけにして、次の目的地八雲神社に向かいました。八雲神社は森高千里の「渡良瀬橋」で歌われたことで、全国から多くのファンが参拝に訪れるようになったそうです。八雲神社は足利市内に五社あるそうですが、私がまず向かったのは足利公園のふもとにある「總社八雲神社」です。
ア)総社八雲神社(そうじゃ やぐもじんじゃ)
足利市観光協会のHPは、総社の故事来歴について「869年清和天皇の命により、須佐之男命を祀り東国の第一祈願所として」「創立され、1084年には足利市の祖、源義国が足利の総鎮守と定め、以来、城主や市民からの信仰を集めた神社」で、「社殿は2012年の火災により焼失しましたが、2017年には再建し、その際、伊勢神宮の式年遷宮に伴う解体社殿を譲り受け、併せて再建されました」と案内し、また「1993年発売の森高千里さん『渡良瀬橋』の歌詞にも登場」したと紹介しています。
「〽今でも八雲神社にお参りするとあなたのことを祈るわ。願い事ひとつ叶うならあの頃に戻りたい」という歌詞は泣かせますよね。ちなみに森高さんは全焼した神社再建のために、コンサートで募金を募り寄付されたそうです。


〈總社八雲神社〉
(正式名称 足利総鎮守 總社八雲神社) 足利市緑町1-3776
イ)八雲神社(やぐもじんじゃ)



総社八雲神社の鳥居を出て前の道を北に進み、中央通りを右折した先にある「織姫交番前」交差点手前の左側に八雲神社の参道があります。総社からは徒歩15分位です。参道の先は拝殿で、その裏側には道路を挟み織姫神社の鳥居があります。八雲神社は素盞嗚男命を祀る神社で、嘗ては総社八雲神社を牛頭天王・上社と呼んだのに対し、牛頭天王・下社と称したそうです。(ウィキペディア参照)
〈八雲神社〉足利市通5-2816

③床屋と公衆電話
森高千里「渡良瀬橋」の歌詞に「 〽 床屋の角にポツンとある 公衆電話 おぼえてますか? きのう 思わずかけたくて なんども受話器とったの…」とあります。件の公衆電話は総社八雲神社からさほど離れていない、県道47号と県道60号の交差点「通七丁目」信号の角、バーバーオザワ(尾沢理容店)前の歩道上にありました。公衆電話といえば、かつては街のタバコ屋さんの店頭をはじめあちこちで見かけましたが、携帯電話の普及とともに順次撤去され、街中で見かける機会は大変少なくなりました。まして電話ボックスは、今や絶滅危惧種になった気がします。
(尾沢理容店)
〒326-0814 足利市通7丁目3134



公衆電話撤去反対の報道
昼間でもさほど人通りの多くないこの場所の電話ボックスが、なぜ撤去されず残されているのか気になり、帰宅してネットで調べたところ、次の記事を発見しました。
〇とちぎびより https://oyama- navi.com/watarasebashi-telbox
「実はこの公衆電話、本当は取り壊す予定だったそうですよ。しかし、森高千里さんのファンや地元からの反対運動があり、今もそのままの形で残っています」
〇NEWSポストセブン https://www.news-postseven.com/
「歌詞に登場する『公衆電話』を巡ってこんなエピソードも。同じく歌詞に登場する『床屋』のモデルである『尾沢理容店』の尾沢秀俊ん(64才)が教えてくれた。」
「この公衆電話は利用者が少なく、歩道の拡張工事をすることもあって撤去するという話があったんです。でも、森高さんのファンだっていう30代、40代のカップルが写真を撮ったり、わざわざ中に入って電話をかけたり、本当によく来る場所。だから、私が“撤去はやめたほうがいい”と訴えて、中止にしてもらったんです」
※女性セブン2015年4月9・16日号
これらの記事を読み、改めて森高さんの「渡良瀬橋」が全国のファンや足利の皆さんに愛されていることを実感しました。
全国の公衆電話設置場所
余談ですが、全国の公衆電話の設置場所は、NTT東日本、NTT西日本両社HPで、管内の地名、住所、郵便番号、駅名などを入力すると、地図上に表示されます。
公衆電話 設置場所検索 | 公衆電話インフォメーション | NTT東日本
【NTT西日本】公衆電話 設置場所検索 – 公衆電話情報(個人のお客様向け)
おわりに
森高千里さんが「渡良瀬橋」をリリースしたのは1993年1月。今回足利市で、渡良瀬橋、八雲神社、「床屋の角にポツンとある公衆電話」を訪ね、30年来の「聖地巡礼」の夢がかないました。次回は足利の名所旧跡を、その次は足利のグルメスポットを紹介しますので、お楽しみに。
